Antonio de Torres アントニオ デ トーレス
略歴 1817年に生まれ、スペイン南部アルメリアで木工技術を学んだのちに 1842 年グラナダにてホセ・ペルナスの工房でギター製作を始める。1852 年よりセビリアで独立し工房を開く。しかし製作にのめり込み過ぎ、1869 年に家計の悪化から一時製作を中断するが(これを製作の第一期と呼んでいる)1875 年に再開し 1892 年に没するまで製作を続けた(これを製作の第二期と呼ぶ)。 トーレスはそれまでのギターの改良に独自の技術革新で成功し、フリアン・アルカス、フランシスコ・タレガらにより広められ彼の技術はスペインだけでなくヨーロッパ、中南米にも広まり、トーレス 以降のギターはほとんどがスパニッシュ・スタイルとなる。 ※製作の第一期をスペイン語で La primera epoca 第二期をLa segunda epocaと呼んでいる。後にギター製作家であると同時にトーレス研究の第一人者であるホセ・ロマニリョスによりそれぞれ製作された時期により楽器に番号がつけられ第一期のものはFE(First epochの略)、第二期のものはSE(Second epochの略)と分類されている。
La Leona モデルの製作
— Del Agosto al Diciembre, 2000 —
トーレスの代表作に『La Leona』、ラ・レオナ(雌獅子)と名付けられたギターがある。なぜ雌ライオンなのか?ギターはLa Guitarraつまり女性名詞なので『レオ(雄獅子)』ではなく『レオナ』となったと思われるが、獅子の意味に関しては西洋にも東洋にも共有のイメージがある。豊饒、高貴、勝利、力。
グラナダを 1492 年まで占拠していた回教徒がつくりあげたアルハンブラ宮殿の内部に『獅子の庭』※1 がある。ライオン像が噴水盤にのっているものだ。 回教徒はライオンをザクロとともに豊穣を意味するシンボルとしてモチーフにする。ちなみにグラナダはスペイン語でザクロであり、グラナダ市のシンボルマークとなっている。とするとグラナダでギター製作を始めたトーレスにとって『レオナ』とは『豊饒な音』を紡ぐギターだったのではないだろうか。
レオナに関する記録はE・プジョール著『ターレガの生涯』(濱田滋郎訳、現代ギター社)にある。おもな特徴として、胴の幅がひろく、裏横板に糸杉(シープレス)材を使用し、装飾は単純でサウンドホールは大きめ、そして共鳴筒※2 がとりつけられていた事等が書かれている。『レオナ』は間違い無くギターの名器の一丁である。しかし名器によくある『逸話』も多くこれこそ正真正銘のレオナだといわれるものが世界に多くあるらしい。しかし現在はドイツのコレクターが所有する(ロマニリョス NO. FE04、1856 年製)トーレスがレオナであるとされている。
製作の実際
どこまで Leona を再現できるかがこうした楽器のコピーを製作するに重要な課題である。 残念ながら FE04 ト-レスを手にした事がなく、細部までの構造を知り得ることが出来ない。ましてこのモデルには共鳴筒が取り付けられているので鏡、粘土、カリパス等を使って内部の様子を調べることは分解するかスキャナーにかける以外に不可能だ。
但しト-レスの共鳴筒つきモデルの場合、ほぼバスバー(扇状の力木/この配置バランスで音を決める)の配置が定まっているので Leona モデルもそのバスバー配置であると推測し製作することにした。また楽器の装飾については、Leona モデルが第一期に作られた作品としては非常に簡素な装飾であり緻密な装飾を好んだト-レスの代表作にしては余りにも寂しいのでト-レスの緑のヘリングボーンを用いた時のデザインを採用した。ギターを組み上げる工法は想像のつく限りト-レスに近いメソッド(典型的なスペイン方式)を用いた。
製作期間は 2000 年の8月中旬から 12 月末まで。
第一番目の写真は鍋。ト-レスのヘリングボーン(矢絣模様)装飾用緑色の染料でシナつき板(経木)の 0.4 mm のものを煮沸して染色する。ト-レスは、温泉のミネラル分で染色したらしい。(残念ながら地元の温泉では緑にもならなかった。)
染色後のつき板を乾燥させた後、0.3 mm の無色のシナつき板とコンビネーションさせながら接着剤で貼り合わせて行く。
0.6 mm にスライス後、二つに分け 0.3 mm のナチュラルカラーのシナつき板を間に挟んで接着する。
サウンドホールの口輪飾り用にブラックチェリーの 1 mm に挽いた板と同じく 1 mm のメイプルつき板を貼り合わせ、貼り合わせた物をさらに 1 mm にスライスし、茶・白・茶・白というパターンの飾り板にする。
いままで作ってきたそれぞれのパターンの飾りを熱で円型にまげ表面板に溝を彫った後に組み込み接着する。
シープレス(糸杉)の 2 mm 厚の側板を型に注意深く合わせながら電熱ヒーターで曲げる。ト-レスの時代は熱した石炭を鉄の型に入れ、型を熱し曲げていた。向こう側に見えるのがギターを組み上げる型。
裏板の削り出し。表板も同様に、カリパスでそれぞれの部位を計測し、ねらいの音響モードにチューニングする為タップトーン(板の打音)を聴きながら、少しずつ厚みを調整。スクレーパー(薄い鋼板にバリを立たせた道具)で削る。
トルナボスを銅板で製作する。他のト-レス後の製作家では木製、ボール紙、真鍮板を使用した例がある。トルナボスに正ダイヤ型ダイヤ型・ホームベース型・三角型の調整穴を空ける。
表面板にトルナボスを固定した後にニカワでバスバーを接着する。その後、トランスバー(横方向の力木)を接着。第三番めのトランスバーは半月型に切り込みが入れられている。これにより、両端のバスバーがトルナボスの取り付けられているサウンドホールまでのびる事になる。ト-レスのトルナボスギターの設計では大部分がこの方式をとっている。後にフランス人製作家ロベール・ブーシェはト-レスのギターからトルナボスを取り除く修理をし、それにヒントを得、この二重橋スタイルのトランスバーを用いた。
加工したネック、表面板、横板を組み合わせる。ネックとボディーのジョイントはスペイン式と呼ばれるネックのヒールエンドに溝を切りそこに横板をはめ込む方式である。ト-レスのこの時期の作品は横板と表面板の接着に単体ブロックでなく、ノコ目を入れた薄いライニングを使用している。
型に入れ組み合わせ後、裏板のトランスバーを横板に接着。だんだんギターの形になってくる。
ライニング、バスバーに膠をつけ裏板を素早く載せヒモで型に縛り付け固定する。
ギターの周囲にバインディングを巻く。今回は装飾用に作った緑色のヘリングボーンを周囲にも使用。それぞれを周囲の溝にそって曲げて接着を待つ。
ヒモでバインディングを縛る。クサビで型に入れながら固定する方法の方が時間もかからず簡単だが、ギターを歪めてしまう可能性があるので、時間はかかっても昔ながらのヒモ巻きを採用。この仕事はヒモ巻に限ります。
黒檀の指板を接着。この時、指板幅も決めるが 1 フレットで 49 mm、12 フレットで 61 mm にする。現代的な設計では 1 フレットで 51.5 mm 以上 、12 フレットで 61.5 mm 以上が普通である。現代の楽器にくらべ指板幅は狭い。
ネックの削り出し。第一フレットで 21 mm、9フレットで 23.5 mm にするため多少厚みを持ってノミ、小型の鉋、南京鉋、棒ヤスリ等で削る。しかし、完全な成形はフレット打ち後に行う。
接着前の駒。
手前が『Puente secreto』(プエンテ・セクレート) 隠し駒と呼ばれるギターブリッジ。後方は一般的な駒。 隠し駒とは、駒のサドル(弦高調整のための弦支持骨)がなく弦受けから直接弦を張るタイプの駒。古くからリュート等の弦楽器に使われていたが、ギター時代になると弦のテンションの増大、奏法の変化等の理由で弦高調整がしにくいこのタイプの駒は姿を消す。しかし、物理的には直接響面板から別の支点を通さず弦を引っ張るので理想的だ。Leona はこのタイプを使用。オリジナルは飾り板に獣骨を使用しているが白蝶貝を使った。
駒の接着および、フレット打後、ボディーをスクレーパー、サンドペーパーで研磨。その後、セラックニスでタンポ塗り塗装。セラックニスはアルコール系のニスでバイオリン等の楽器に古くから使用されている。塗膜が薄く、楽器本来の音を引き出せる。
Leona の調弦は基音 A を 415 Hz(A の♭)に調弦した。 現代のピッチは 440 Hz です。
Wulfin Lieskeの演奏するレオナの録音があります。レオナの実際の音に興味が有る方はぜひ御試聴を。
主な Leona のスペック
表面板及び裏板幅 上部幅 263 mm 中 幅 229 mm 下部幅 343 mm 縦 幅 464 mm ボディー厚 上部厚 91 mm 中部厚 94 mm 下部厚 97 mm 弦 長 649 mm サウンドホール径 φ 86 mm Jose L. Romanillos 「Antonio de Torres」1987, Element Books Ltd 参照